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oxygen
目には見えない大気の中の、やはり目に見えない主成分・酸素。
それを選り分けてそっと寄せ集める。少しずつ、他の部分から奪い取るのではなく、そう、例えば海辺で砂山を作るように、ほんの少し、多いところを作る。
そして、集めたそれに力を加える。これを喩えるならば‥‥‥手にした柔らかい何かをきつく握り締めるような。もしくはその何かを、激情にまかせて床に投げつけるような。
結果、酸素は姿を変える。相変わらず目には映らないまま、人が生きてゆく為に無くてはならないそれは、一転して人を害するものへと。
『空気のように』などという表現さえあるほどに、無意識に全幅の信頼をおいてきた命の糧が翻す、突然の反旗。
O2 からO3 へ。僅かに結び付きの有り様を変容させただけのそれがもたらす悪意。
じわじわと。しかし確実に、呼吸器を侵してゆく。
と。
折角の作品が、唐突に散らされた。
「勿体ない」
「馬鹿云ってんじゃねぇよ」
ノックと同時に踏み込んできた人影は、室内に充満するオゾンの臭気に眉を顰めると、剣呑な一瞥を投げ寄越して腕をひとつ振った。放って置いても程なく分解したであろうそれらが、瞬く間に元の姿を取り戻す。
「自殺未遂?」
「いや‥‥‥」
ちょっと消毒をね。
云って、先刻から手にしたままだった文書を机の上に放る。その軌跡を目で追って、彼は小さく肩を竦めた。
「今アンタが死んだら、権謀術数のストレスによる衝動的な自殺ってことで 証言してあげるよ」
「ご親切に、痛み入るね」
「痛み入ってくれなくていいからさ」
目の前に、数枚の書類が差し出される。
「とりあえず死ぬ前にこれとこれ、紹介状と許可証よろしく」
「‥‥‥過労死の方がよほど近そうだ」
「冗ー談。これ書いてからにして」
「血も涙もないね」
「愛があるから。それで補ってよ」
「‥‥‥‥‥‥あったのかね?」
ペンを持つ手を思わず止めて見返せば、
「これに対する愛なら、溢れるほど」
書きかけの署名に指を這わせ、彼は晴れやかに笑った。
命の糧が命を奪う。
望んだ地位がこの首を絞める。
その名をこそ愛していると、戯れに彼は云う。
万物は流転する。それはこの身も例外ではなく。
その流れを、己で創ろうと決めたからこそここにいるのだと。
時々こうして、今更のように思い知る。
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